昭和46年09月08日 朝の御理解
御神訓 一、「食物はみな人の命のために天地乃神の造り与えたまうものぞ。」
ここんところ、久留米の庭師、作庭の梅里先生、ここのお庭をなさった方が毎日来て頂いております、若先生の部屋の前の庭が殆ど形だけ出来上りましたが、実に見事に出来て行きよります。昨日丁度3時のお茶を出さして頂きました時でした、合間合間お弟子さん方4名に対してお話をなさるのですね、私が口をひらけば信心の事を言う様に、先生の場合も口を開けば、庭を造ると言う事の、言わば技術面の事から精神面の事、又、庭師として心掛けておらねばならない事を、実に徹底してお話になっておられる。
さあ、やろうかというまでお話をしておられます。稲員の高山さんというのが、ここの庭をいつも中心になって面倒見て下さる信者さんです、お父さんがご承知のように庭師でした。ご自分は違ってましたけども、ここ幾年間お父さんが寝み付かれてこの方、自分も庭師としておかげ頂きたいというところから、私の紹介で梅里さんの弟子にして頂かれた訳です。先月から聞かせて頂きましたら、もう高山さんは、庭の事では、まあ普通でいうなら、大学校の講義まで受け終わったというておられます。
なかなか真面目で素朴で分っとるか、分っとらんか分らんけど、なかなか熱心に勉強に通ようて来るというてから、いうておられましたが。昨日は高山さん、高山さんといわれる何ですかと、あんたはここの今度の庭はあんたが中心と思うて、あんたに言うた様にさせて頂いて、私は横から相談を受ける、まあ監督として中心はあんたがしよるとじゃが、はいちぅちからいいよんなさる、そういうてあるらしいのですね、それにここやらして頂く時に、地祓いをやったかといわれる。
大地の地ですね、地祓い、私はどこに行っても、庭をする前に必ず地祓いをする、その為に祝詞も覚えたと、いうておられました。私は横で聞かせて頂きながら、出来とりますと、よっぽどいおうかと思うたばって、教えよんなさいますので、何も申しませんでしたが、それは矢張り普請をするでもね、矢張りその御祓いをさせて貰う、いわゆる、地祓いなんですよね、昨日私たまがった事は、まあお話の中にね、六方拝ですね、六方拝という事について話をしとられました。
之は般若心経の中にある経文なんです、それはどう言う事かというと、これは梅里先生の言葉を借りると、東西南北が四方である、それに天地を加えて六方拝というのだと、だから、庭師たるもの、只むごう造りさえすればよかじゃなくて、そういう道理も判って、その天地に対してお粗末御無礼が無い様にせなければ、只この飛び石1つにでも、この天地の道理というものがちゃんとある。
というて、奇数偶数の事からね、いろいろ説明なさって、横から話を聞かせて頂いておりましたが、その置配につきましてもです、置配ではない、地祓い、それで、高山さん、こういえば良いのですよ、はいさせて頂きましたと。親先生に庭にかからせて頂く前にお取次ぎを頂いて、今日から御用させて頂きますから、どうぞお粗末御無礼ございません様に、神様に喜んで頂く様な、御用が出来ます様にというて、お取次ぎ頂いているのです、然も、あの人は毎日お取次ぎ頂いて仕事にかかるのですよ。
だからそう言われればよかばってん、その地祓いと言う事の意味が判らんもんじゃけん、いいえ、そげな事はしとりまっせん、というたもんだから、もうそれをやかましくいうておられる訳です。土を扱うたり、地を扱うたりするのに、第一あの下に苔が出来るために、大体小便を薄めて庭にかけたが一番よか、他の庭師はそうする、けど私は、大地を汚してはならんと思うから、必ず尿素ですね。
あの肥料とかアンモニアとか、ああいうものを水に薄めて撒けというが、それも地の御徳というものを知っとるから、それをせんのだと、言う様な事から話しとられます。ですから、私も金光大神様の御信心を頂いとりますから、特に大地の事については、そうでもありますが、かからして頂く前にお取次ぎ頂いて、お粗末御無礼の無い様に、これはまあ地祓い以上の地祓い、と私は思うとりますといえばそれでええとです、それならお取次ぎ頂いてお願いするとは、どう言う事かと聞かっしゃったかも知れませんです。
もう鬼門隅のことから、一生懸命説明なさっとられましたが、ほう金光様のお取次ぎとは、そういう働き、そういうおかげが頂けるものかと、梅里先生もたまがられるであろうと思う様な、信心をお互い頂いておりながら、高山さんの場合、その説明が出来てなかった、だからひとくさり地祓いの講義を受けて居られました。御道の信心の一番素晴らしい事はね、お取次ぎを頂いて、おかげを頂くと言う事はね、そこに何のさわりもない、しかも、お取次ぎを頂いて行う事、お取次ぎを頂いて起きて来る事。
これは良い事悪い事、すべてが良い事、お取次ぎを頂かずして、例えばそれが良い事であっても、すべて結果に於いて悪い事。高橋一郎先生の、これはお話なのですけど、そういう素晴らしい内容を持っておるのがお取次ぎ、もうここんところに到って参りますと、もう金光教の信心の素晴らしさ、教祖の信心の偉大さを、ここに感じん訳には参りません。この食物訓なんかもそうです、食物はみな人の命のために、天地の神が造り与え給うもの、と云う事等は、もう素晴らしい事ナノです。
例えていまの作庭、庭造りの事からいうとです、態々地祓いをというて、御祓いの様な形式をとらなくても、どちらが鬼門隅になろうがなるまいが、いわゆる使い勝手の良いのが、良いとして頂けれる。これを非常に昨日等はですね、余談ですけど、学問的に説いておられたですね、鬼門隅というのは、ここを中心にして磁石を置いてみなければ判らない、大概こっちじゃろう位のことではいかん、ここでいうならば、東北が鬼門隅にあたります、という所はね、一番不潔になる所だそうです。
陽が当らないという所だそうです。だからいつもそこは、じめじめしておると言う事です、でそれでは非衛生的だというのか、鬼門隅はいかんというのらしいですね、ですから、そこの所をらしいですけれども、鬼門隅をこうすれば、病人が絶えんとか有るとか、いうのは、満更嘘でない事がわかります、けれどもならお取次ぎ頂いて、なさして頂けばおかげが受けられると言う事が判る訳ですけどね。
神様のお取次ぎ、いわゆるどうでもここんところに、お便所をもって来んと使い勝手が悪い、下水をここにもって来なければ、使い勝手が悪いというのなら、天地の神様にお願いして、お取次ぎをさして頂いてです、すれば、それで決して悪い事はないと、例えていうと、ここのお屋敷の中にお便所だけでも、幾つありますか、それこそ四方八方にありますよ、ここは、非常におかげを頂かねば、矢張り一つの理のものなんですけど、そう言う事でもです。
教祖金光大神が、その様に説いておられるのであって、他はそういう風にいいません、だから、金光大神の、信心というものは、その様に素晴らしく、偉大であるというか、もう他の宗教が追随を許さない、絶対のものを金光教の信心は、持っておるという事ですね。食物は人の命のため、でもそうです、例えばキリスト教が、お酒を飲んじゃならん、仏教では生臭気は取ってはならぬ。
それは例えば殺生でも、例えばそれは殺してでもです、人間の命のためならば、教祖はよいと仰有った、魚を殺そうが、牛、馬、豚を食べようがです、殺生です、仏教の言葉でいうと、けども、これが命のために頂くと言う事になれば、この人間の命は、とりわけ、神様が一番大事にして下さるのだから、命のために頂くのですから、大事ないと言う事になる、それを、他の宗教宗派はこだわっております。
まあ今どき裏口から、お魚やさんでも、お寺さんでも、今どきはもう、表口から堂々と、肉やさんでも魚やさんでも、行くのが仏教でしょうね、今のキリスト教の信者だからと云うて、酒飲まぬ人とてありますまい。昔は矢張り、ブドー酒でならなければならなかった、だからあれはブドー酒ではない、ブド酒ちゆうた、お大師さまでもそうですよね、真言密教の信心すると、酒飲んじゃならん、ばってん、ごま酢ならよか、ごま酢とはどげなものじゃろうかと思うたら、お酒じゃった。
だから、名前さえ変ればよか、と言うごとある事なんです、ごまかしなんです大体、そこんところを教祖の神様は、もうそれこそ堂々と、お神酒も頂け、何でも頂いて良いと言う事、それが信心、但し大酒、大食はしてならん、大酒を飲んではいけない、大食しては、体をそこねるからいけないと、言うとられる。私は今日ここんところをですね、食物は皆、人の命のためだと言うられるところをですね、物事は皆、人の心のために、天地の神様が造り与えられたものだと。
だからどう言う事柄であっても、有り難く頂けよと、ここんところを頂いて同じだと思いますね。今は、食物の事ですけど、金光教の信心が偉大だと言うだけではない、食物がすべてを有り難く頂かして頂ける様にです、私どもが育って行く事のために、肉体を養うて行くために食物が要る様に、私どもの心をいよいよ豊かに養うて行こうためには、どうしても、御教えは勿論ですけれども、御教えを通して物事、まあ言うなら難儀な問題を通してです、なからなければ、心が豊かになるおかげを頂かれません。
心に力を受けると言う事は出来ません、心の発育がなされません、心がいよいよ発育して行く事はです、食物はみなと言われる様に、事柄はみな天地の親神様が、例えば大坪総一郎のために難儀な問題も、難儀な事もあるのだと言う頂き方なんです。それを頂くから、心が成長するだけではない力が出来る、いわゆる心の頭脳というか、これはいよいよ明晰になると言う事が、信心をお育て頂くとは、そう言う事だと思う。
只永年信心して、教えを暗記したと言う様な事じゃない、物知りになったと言う事じゃない、決してない。昨夜は、総代会それに、久留米の松影会の会長、幹部3名の方達が初めてお話に来て下さった、それで、お話を聞く会と云う事でした、けれどもまあ、最後には、いろいろこちらのご信者さん方も、お話をしておりましたが、丁度1時間半ばかり話を聞かせて貰いました。そういう様なお話をしたり、聞いたりした後であったから、頂いたのであろうと思いますが。
今朝から、私はお夢を頂いた、それがどういうお夢かというと、丁度20何年前、私の修行が非常に厳しい時代に私が実感しておった様な事でした。例えば私の信心の状態と云うものが、今までと全然変わってしまった訳ですね、その当時云うならば、親先生の云う事を本当に神様の仰有る事としておった私が、もう今度は親先生でなくて、神様がお指図頂く通りにしていく訳ですね。
ですからもう、大坪がもう、親先生の言う事を聞かぬと言う事になったり、または私の信心を見守っておって下さるというか、心配しておって下さる人達も、あら、この頃大坪さんは、この頃間違いごさるとじゃなかろうかというて心配して下さった時代がある。それこそ、信心気違いじゃなかろうかという位一生懸命でしたからね、私はそういう時代の感じです、それがね、例えばこれを泳ぎていうならば、何かドテラでも着て大海を泳いでいると云う様にきついのです。
泳ぎながら、もうそのきつい事、きつい事ね、まあこれを山登りに例えるならば、何か重い荷物を担いで、山登りをしている様にきついのです、そういう表現でお夢の中で頂くのですよ、そしてそれをも少し細かくいうとですね、私がどんどん進んで行くのに、手にぶら下がり足にぶら下がり、そういう信心は間違うとりゃせんかのごとく、あの頃の信心の修行のけわしかった事厳しかった事、今迄私ども永年信心しようばってん聞いた事がなかったと、皆がいうて反発した方もあったような時代だったのです。
それでも私が一生懸命にドテラを着ながら、泳ぐというか重荷を負うて山登りというか、そう云うもう喘ぎ喘ぎもうそこが頂上と、まあ例えて山登りでいうという、海を渡っとるならば、彼岸がそこという所まで泳いでおるときに、チラッと沢山の人の顔が見える中に、母の姿が見える、ですから、母も本当にあまりにも今まで商売熱心だつたのが、商売も止めて、破れ靴をはいて、破れ鞄を下げて、破れ洋服を着て、あっち行きこっち行き、行きますもんですから、矢張り内心心配であった訳ですよ。
本当にこれは信心気違いになったとじゃなかろうかと、不安があったんでしょう、だから、そういう心配を掛けておることを知っておりますから、母の姿がチラッと見えたから、おばあちゃん心配は要らんですよと、皆があげん心配しよるが、決して心配いらんよと、間違いの無い神様をちゃんと頂いて行きよるから、心配はいらんよと。私がこの頃少し口が軽うなった、それを人は狐付きのごというけれども、神様から頂く事をお話させて頂くから、口が軽いようにあるけれども、決して心配は要らんよと。
私が母に安心する様にいいよつたけれども、母もこれは、本なごっちゃろうかと、いう様な顔しとる訳です、そして自分が間違うとらんというのか、間違うとりゃせんのと、いわんばかりの顔しているのです。私が間違うとらんよと、と私がいうておるとです、あんたが自分で間違うとらんと思うとが、間違うとっちゃなかのと、例えば親ですから、そういう見方をした時代の様な雰囲気のお夢でした。
私は合楽で今いっている事は、久留米地区の方達にいってもそれはもう。昨日お話の中に居られた方逹は、判りましょうけれど、とても、私がいおうとしておる事等は、まだとても判らん、例えば一例でいうと、合楽の人達は、もう親先生、親先生と、親先生を生神のごと、まあ合楽とはいわれませんでしたけどね。そういうところがある。先生が偉いと、どうしてもそういう傾向になって、他所の先生を軽く見る、馬鹿のごと見える、そういう事があってはならぬという、岸先生の話がありました後に。
私がね、これはね、いよいよ私が、生神様を目指さねばいけないと、私自身もそして、皆から本当に、家の親先生は、生神と同じ事と、私が信じられるほどしの信心を、私自身が頂かなければいけないと、如何に他所の先生を拝めというても、例えば、教祖様は、人を軽う見な、軽う見れば、おかげはなしとさえ仰有るのに、お取次ぎをなさる他の先生方を、例えば軽う見れば、おかげは頂かれんから、まあ他所の先生を拝めというて拝めるもんじゃない。
それこそいうなら全教、信奉者全部が、生き神を目指すのが、金光教なのだ、ですからなら信者の一人一人がです、自分で自分の心が拝めれる様に、おかげを頂かせて頂いた時に、初めてどこの先生であろうが、どこの人であろうが、神の氏子としてとか、又は金光大神の取次ぎ、手代わりの人として、拝めれる様になるであろうから、これは先ず何というても、私自身が拝めれる様な人に、私がならなければいけないと。
合楽の人なんかすぐ分る、岸先生なんか、それはあれだけの信心が出来とられるから、わかられるのですけど、他のある方は、それが非常にカンと来るらしいですね、もう大坪さんが、思いあがっとると話は聞いとっとばってん、本当思いあがっとると、思いなさるんでっしょう、生神様ちゃ一人しかおんなさらんですよと、ぱっとこういわれるですよね、それは教祖金光大神だけ、それは勿論分っておる、金光大神の様な方が千年万年に、例えばたったからというて、教祖様の様な方が出るとは思われない。
けれどもです、御道の信心をするものは皆矢張り、この方ばかりが生神じゃない、皆もこの様なおかげが受けられると、おっしゃるのであるから、私どもは目指すところは、矢張り、生神を目指さなければならん、一歩でも、生神に近づかせて頂く事が信心なのだ。まあ、例をいうとその様にカチッカチッと私が言う事には、その様にいうなら難しい訳です。私は昨日、皆さん帰られた後に、又、御神前で御祈念させて貰いながら、いろいろと思いました。
いわゆる、久留米の初代、石橋松次郎先生の信心を如何に頂くか、如何に現代に表して行くか、これがいつもテーマになる訳です、例えばこれは、なら、教祖生神金光大神を現代の社会にどう表すかと言う事と同じ事なのです。例えば久留米の石橋先生の一番素晴らしかったとこはどこと、あんた方は思いますか、その一番素晴らしかったところを頂かなければいけんのですよ、と言う事なのですよ。
私はね久留米の初代が一番素晴らしかったと言う事は、もう心がそれこそ春の海原の様な、豊かなお方であったと言う事、雲気一点なく青空を眺める様に、大きな心のお方であったと言う事、なら初めからそうではなかった、信心辛抱信心辛抱と、初めの間は血の涙を流される程しの辛抱をなさったに違いないけれども、もう段々石橋先生の周囲に問題というものが無くなって来た、と言う事はそういう寛大な大きな心の中に、全部泳がせなさる事が出来る程しの、もう辛抱せんでもよい徳を受けられたと言う事です。
例えば万座の中で、例えば小倉の親先生がです、石橋先生に万座の中で、石橋さん、あんたの所の息子は馬鹿じゃねと仰有った、それがそういう信心辛抱の信心修行の徳を受けておられなかったら、それこそ顔色が変わる位あったろうと思う位です、ところが親先生、おかげで信心が出来ますと、仰有る様なご返事が出来られた。何が私げん息子が馬鹿ですか、というのではなくて、おかげで私の信心が出来ますという頂き方です、それが今日、私がいおうとするところの事柄のすべてをです。
食物は皆人の命のためにあるように、事柄のすべてを、石橋松次郎先生は自分の心を豊かにするための、糧になさったと言う事です。先生おかげで信心が出来ますと仰有った。石橋さんでかした、といて桂松平先生は一番口に、お盃を石橋先生に差されたと言う事が残っておる様に、石橋先生の一番素晴らしいところは、それなんです。私はそう思う、だからそういう素晴らしいところを持って居られる先生だから、そこを見習うて稽古をするのではなかった。
私の場合は、成り行きを大事にするとか、御事柄とかというのは、その後においてそうなったのであって、何も訳はわからんなりに、神様が下さるものなら、何でも頂こう、何でも心の糧にしよう、食物は皆人の命のために、天地乃神が与え給う、あれは食べちゃならん、これは食べて良いというこっちゃない、一切合切を私の前に表れて来るものならば、頂こうという気になった。
ならして頂きよつたら、それが御ことがらである事がわかり、成り行きを大事にせなければいけない事がわかり、石橋先生が感じ取っておられたのは、こう言う事であったろうかと、それを通らして頂いた後に、石橋先生の素晴らしいところがわかったという訳である。 ですから、いくら久留米地区の、例えば先生方がね、石橋先生の事を机上でとうろんしたところで、自分自身がその行を一辺してみなければ、石橋先生の一番素晴らしいところはわからん。
丁度話も高潮に達した頃、もう時間になりましたから、この次の楽しみにというて皆さんに帰って頂いたのですけど、この次は、この事を皆さんに話さして頂こう、又聞いても頂こう、本気で自分で行じて見なければ、石橋先生の一番素晴らしいところが、分らん。恐らくどうであろうか、石橋先生が現代の社会におられるならば、私が思うておる事、私がいいよる様な事を、きっと仰有ったに違いはない、もう松影会なんて、小さいそげな事じゃなか、金光大神がです、金光大神が仰有る。
いわゆる和賀心というものを、あの石橋先生のあの豊かな大きな心を持ってです、世界に臨まれたに違いない。世界の市場に臨もうと、今の社会に石橋先生もしお在しますならば、それを仰有るに違いないと、道の手続きのどうの、久留米関係で作った会とか、そげな細か事じゃない、いわゆる和賀心時代到来を、叫ばれるに違いはない。私が思うておる事、私がいおうとしておる事を、石橋先生も仰有るのじゃなかろうかと言う事を、私は思うたし、今度は松影会の方に。
そこんところを一つ聞いて貰おうかと、昨夜思うた。そして今朝からのお夢を思い合わせてです、私がそう言う事をいい出したら、おそらく真っ向から、大坪は思い上がっておる、合楽はおかしいという人が沢山出来て来るかも知れません、というほどしに、実をいうたら、本当な事をですね、本当な事を社会にというかね、これを全教的にとか、全世界的にとか、言う事は、その様に難しい事、それは、大海を泳ぎ切って行くのにドテラを着て泳いで行くほどに難しい。
如何に泳ぎの術はわかっておっても、いくら何でも、矢張り人間の力には限界というものがある、それにこういう荷物を担がせて頂いて、山登りか、頂上を目指す様に実をいうたら難しいか知れん、自分の本当の親ですら、あんたが本当と思うておる、その事が間違うとらせんの、といわれるかも知れん、これは、親といえば私の場合、久留米も親であるなら、善導寺もお道の親、大坪さんあんたが間違うとらんといいよるとか、間違うとらせんのと、いう風に云われるかも知れんのです。
だから、これから先の道は、愈々至難だなあ、まあいうならば茨の道だなあ、それこそ沢山の荷物を担いでドテラを着てから、海を泳ぐ様に難しいかも知れないけれども、矢張り泳ぎ切って行かねばならぬ、きつくても登って行かねばならん、本当な事は分ろうとする一人でも良いから、分ってもらおう、昨日の中で見えた方だって、少し判られたというのは、岸先生一人じゃなかったかと私は思います。
そして、本当の例えば松影会でいうておる主旨なんか、如何に小さい事であるか、私は一番初めにお話申しました様に、私が最近切実に感じることは、人間の思いというものは、人間の思い位小さいものはない、岸先生が中心になって、ああいう催しは素晴らしい、けれども、神様からご覧になられたら、こまい、こまい、小さい事なんである、それですらが、まだ手が届かんというのが現在の松影会であろう。それが例えば、私がいうたり、思うたりしとるところまで。
松影会がそこに思いを置いてからの、これからの信心の展開じゃなからねば、ならないと言う事、お互いがここで信心の稽古をなさって、此処に通うて来る方ならば、私が言う事が分かる。今日は皆さん、私がいうた事が分かるでしょう、甘木関係とか、久留米関係とか、金光教とか、天理教とか、小さいもんじゃない、全世界に人が助かる事の為に教えを敷き、それを布教にしている宗教があるなら、その宗教をうって一丸となって、世界の難儀に取り組まねばならないと言った様な、松影会がその様な事の為の第一歩というか、そういう目指しのもとにの、ものじゃなければならないと言う事。
だから、そういう千里の道も一歩からと云う、その、どこまであるか分からない、限りないところの遠大な目的のもとに、松影会が発足するなら、もっともっと、素晴らしい事であろう。それで、私ども人間が考えて、あげんもしよう、こげんもしよう、こげな行事も行おうと、云った様な事はじつに小さい事であり、と言う事をです、例えばまあ一例を云うとです、私がそんな信者時代に、親教会の大祭の時に思いよった。
一生懸命おかげ頂いても、お三宝の五台か十台、然も、まあいうならお粗末なもので、五台か十台しか出来ない、それを本当にあのお供えの全部を、自分一人で、おかげ頂ける様になりたいなあ、と、これは、二十何年前の私の夢でした。今から考えて見ると、人間のほんと考えて小さい事がわかるでしょうが、神様は今はどうですか、親教会の大祭を云うたらそんなこっちゃないです。
とても夢にも思わなかった様な御用をさして下さるじゃないですか、その二十年前に、とても夢にも思えなかった様な事を、神様はおかげにして下さる。これは一事が万事そうです、此処のご造営だってそうです、ここのお屋敷建立だってそうです、今から考えてみるとおかしいごとある、これだけの設備が出来て、椛目の方にこれだけの設備も出来て、これだけの駐車場も出来とるとじゃから、ほんに此処でさして貰うと良かばってんと思うたけれども、今から考えてみたらどうでしょう。
あの位ばかりの駐車場で、あのお広前でどうなったでしょう、ここを買う時でもそうでした。今の参道だけしか買うちゃなかったです、入り口は、参道だけ買うて、こちらがこうだから、両端は買いきらん、買わんと言う事じゃった、ところが参道の周囲の人達が、そげな事じゃ困る、家も買うて貰わにゃというて、うちじゃ大変な大事だけれども、まあ皆さんがああ言われるから。
どうかして、それなら買わして貰わじゃと、いうて買ったのが此処です。あの時もし、参道だけだったらどうでしょう、自動車はどこに置くとじゃろうかと思う位、人間の考えなんて、それこそ、神様がご覧になったら、おかしいかろうとこう思います、そういう神様の願いが成就する事のためにも、今日私がいう食物訓をですね、例えば食物は皆と云う風に説いておられますけど。
ここんところを事柄を自分の前に起きて来る事、その事柄のすべての事を石橋先生じゃないけれども、この難儀のおかげで、信心ができますという信心にならして貰わばならん。そして、願いが小さい事ではなくて、それこそ、和賀心時代を全世界に敷こうという、売り出そうという、市場に出そうという、そういう大きな願いをもっての信心にならなければならんと、思うですね。
どうぞ。